猫 乃 眼

猫に癒され、旅で癒され、マイペース ☆おぐにゃん☆

至福の音色

札幌コンサートホールでブダペストフィルの演奏を聴くことができた。
(写真は、翌朝撮ったもの)

$チビ&ゴンのきままな生活 ■□■□■


旭山動物園の後に、続けてコンサートが聴けるとは、なんと強運なんだろう!
さすがに夜はぐっと冷え込んでくる。
中島公園の紅葉は終わり、銀杏の葉が風が吹くたびに舞い上がり、路面に滑り込むよう。公園の歩道は銀杏の葉に覆い尽くされて、冬が出番を待ちかまえている様子が、空気に伝わってくる。

札幌コンサートホールのある中島公園は、数年前に会合で訪れた際に、その紅葉の美しさにほれぼれして以来、札幌に来る機会があれば再度訪れたいと念願していたところだった。
落葉の公園もまた、寂しさが漂って、いいもんだ。

$チビ&ゴンのきままな生活 ■□■□■

(写真は、一部紅葉が残っている中島公園パークホテル前を、翌朝撮影)

コンサートは、夜7時に開演。
指揮者が登場し、タクトを振った瞬間!
そこに醸し出されたやわらかい音を聴いて、なぜ多くの人がわざわざコンサートホールに足を運ぶのかが、今にしてわかった。
ハーモニーとはまさにこの空間。

「この音を聞け」と言わんばかりの安物のスピーカー(だけではなくオーディオ装置全体の問題!)から出てくる金切り声風の癇に障るCD音に慣れきった耳には、その音は、おとぎの国にきたような幸福感に誘うハーモニーだ。

楽器から奏でられた音は、その場で融合し、瞬時滞留しているようで、そしてそのまま、すぅーっと静かに天井へ上昇し、私の耳に届いて消える。
それまでの間に、次から次に音が奏でられ、紡ぎ合わされてひとつの世界が創造されていく。
ただ至福。

最後に演奏されたドボルザーク交響曲第9番新世界より」は、とくに素晴らしかった。
よく考えると、「新世界より」を全曲通しで聴くのは、初めてだった。

第1楽章が終わると、いよいよ聞かせどころの第2楽章。
指揮者は余分に間をおいて、気を入れ直して第2楽章導入部に入ったようにみえた。
ここが難しいのでしょう。でも管楽器もモタモタした感じがなく、自然だった。

思わず涙ぐんでしまうほどの、静かな美しいメロディー。
固唾をのんで耳を澄ます聴衆。
その固唾の音が聞こえる(こんな表現があるのかどうか怪しいですが・・・)かのような静寂のハーモニー。
第2楽章が終わったときに、思わず拍手をしてしまいたくなるほど、完結した演奏だと感じた。

$チビ&ゴンのきままな生活 ■□■□■

第4楽章フィナーレが終わり、拍手はいつまでも鳴り止まない。
お決まりのパターンで、アンコールを2曲演奏していただいたのが、なにか興ざめしてしまったのは、私だけなのだろうか。
アンコールが悪いとは思わない。指揮者、演奏者に対する称賛の意思表示なのだから。
でも、どうもお決まりのパターンのように行きすぎのアンコールは、せっかくの演奏(本番)の感動を薄めてしまうような気がする。
実際、今回もアンコール2曲目が終わったときには、「新世界より」で覚えた感動が、薄れていくのがわかった。
個人的には拍手だけでアンコール演奏は「なし」にしてほしい。
感動をそのまま持ち帰りたい。

ヤーノシュ・コヴァーチュさんの指揮は、厳格でキビキビしていて、とても気持ちのいい指揮で、オーケストラとの一体感は、わかりやすい指揮法によるものではないか、と思う。

今回の演奏を聴いて「新世界より」のCDを買ってみたくなった。が・・・
あのオーディオじゃあねえ・・・。
グシュン・・・